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「われ弱ければ 矢島楫子伝」を観て|一クリスチャンの映画レビュー

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2022年の2月から公開されている映画

「われ弱ければ 矢島楫子伝」
原作:三浦綾子
監督:山田火砂子

今年の5月に一度観ているのですが、ブログ記事を書くにあたって再度、観に行ってきました。

それで、やっぱり良かったな〜、と余韻をしみじみ噛みしめているところです。

  • まず矢嶋楫子の生涯を時代背景を考察しながらざっと振り返り、
  • 次に映画に登場する3人の主要人物の紹介をとおして、

映画レビューとしてみたいと思います。

矢島楫子の生涯とその時代背景

矢島楫子の生涯を、時代背景とともにざっと振り返ります。

江戸時代:出生〜35歳の離婚まで

江戸時代末期は封建的な男尊女卑の時代。社会では将軍が偉く、家では家長が偉くて絶対的な権力を持っている。

楫子はそんな幕末に熊本に生まれました。

25歳のときに林七郎の後妻として嫁ぎますが、当時としては晩婚。

そして明治元年の35歳のときに、酒乱の夫に離縁を申し出ました。

実は江戸時代は離婚は男性からのみ可能でした。妻に三行半の離縁状を突きつければ離婚が認められたのです。
しかし女性の方からは離縁の申し出は認められておらず、どうしても夫と離れたくなった場合は縁切り寺に駆け込むしかありませんでした。

そんな中、楫子の「妻からの離縁の申し出」はありえない罪であり、映画の中でもご近所の主婦に陰口をたたかれてましたね。

明治時代:上京して教育者の道へ

明治時代も結婚は家の存続のためで、何よりも男子をもうけることが最重要視されました。そのために妾の存在も良しとされ、妻妾同居も普通のこと。

妾をたくさん囲っても人から後ろ指刺されるようなことはなく、逆に甲斐性があると褒められた時代でした。

明治民法(明治31年)で一夫一婦制が確立される前は、財力がある男性にとっては一夫多妻制はごく当たり前のこと。

そして当時、伊藤博文、北里柴三郎、渋沢栄一のような地位の高い人物たちは大っぴらに芸者遊びを楽しみました。もちろん当時の芸者遊びは性的な関係も含まれます。

さて楫子は離婚後、姉たちの家を転々としながら、子どもを育てていました。

そんな生活が5年を過ぎた頃、新政府の仕事をしていた兄の直方が病で倒れたため、楫子が上京して看病することに。

数年して小学校の教員となったときに、教え子の家庭にはびこる酒害、つまり父親がアルコール中毒になってしまって結局娘を遊郭にたたき売ってしまう現実を見ます

またその頃に楫子は妻子ある鈴木要介と関係を持ち、43歳のときに子どもを産みます

その後に宣教師のミセス・ツルーと出会い、46歳のときに新栄女学校の校長になり、翌年は洗礼を受けてクリスチャンになりました。

楫子にとってはちょうどこのミセス・ツルーに出会ったときが、人生の転換期。もう50歳に近いですが…。

その後は東京キリスト教夫人矯風会を組織して、禁酒運動や女性の地位向上のための働きにいそしみました。

神様の愛に出会って、人生が変えられたんですね。前半生の悲惨な体験や失敗、心の傷が、後半生に生かされたんだなと思います。

大正時代:矯風会の活動で世界にも羽ばたく

楫子は晩年も引き続き精力的に活動を続け、明治39年に渡米(74歳)、大正9年(88歳)と10年(89歳)にも欧米の講演旅行に出かけました。

そして大正14年の6月16日に、93歳で召天

なんとエネルギッシュな晩年!

明治、大正時代に93歳とは…。長生きですよね。

しかも、ほぼ天に召されるまで社会的に活躍して、まさに「神様から与えられたいのちを精一杯使命に使い切った人生」。老後の不安など心配した影はみじんも感じられませんね。

常磐貴子さんの矢嶋楫子はチャーミングでした

矢嶋楫子は常磐貴子さんが、チャーミングに演じられていました。

凜としていて素敵な楫子さんで、タバコ(キセル)を吸う姿が、何だかピタっと雰囲気がはまっていましたね。
校長先生なんだけどタバコを吸っちゃう、私は本来の良妻賢母的な生き方からは外れちゃったのよね、というクリスチャンになる前にちょっと斜めから社会を見ている感じがよく出ていたような気がします。

矢嶋楫子に深い影響を与えた3人

矢嶋楫子の生涯に深く関わった3人についても振り返ります。

古い封建時代の象徴だった夫、林七郎

林七郎は豪農出身で武士の地位を金で買った人物。そのため劣等感がつきまとい、うっぷんを晴らすために酒に溺れたようです。

幕末に農民から憧れの武士になり、誰よりも武士らしく生きていこうとしてあえなく散っていった人物…、というと、近藤勇を思い出しますね。楫子の一歳年下だったのですね。

林七郎も、血筋の劣等感を持ちながらも武士になろうとあがいているうちに明治になり、刀を没収される悲劇にあいます。

楫子はまじめで我慢強い性格だったので、林七郎が酒乱でなければ一生を添い遂げたかもしれませんね。「酒さえ無ければ…。」と当時を振り返ったこともあったかもしれません。

この林七郎さんを渡辺いっけいさんが演じると知り、内心楽しみにしてましたが、期待どおりでした。

酔っ払ってすわった目で刀を振り回し(でもふすまは破かなかった…)、妻にもそして時代にも見捨てられてしまった武士を、悲哀をにじませて力演されてました。

新しく柔らかそうだけど、古い価値観を引きずる恋人

楫子は上京して小学校の教員になった頃、兄の書生だった鈴木要介と結ばれ、子どもを授かります。働きながら43歳での高齢出産、タフですよね。

要介には実は故郷に妻子がありました。身ごもった楫子は要介に「あなたを正式に妾として籍に入れる。」と言われて嬉しかった反面、複雑な気持ちだったのではないでしょうか。

明治3年に制定された法律で、妾は正式に戸籍に記載されるようになり、妻と同等の扱いになっていました。それまでは、ただの使用人の一人で、どちらかというと後ろ指さされる存在。

楫子の姉の一人も妾として嫁ぎましたが、1本筋のとおった気性の楫子にとっては賛同できかねる結婚の形でした。

それなのに…、あれほど曲がったことが嫌いだったはずなのに、自分自身のこととなると罪を犯しているとはまったく思えない。だって「まじめに愛し合って」いるのだから…。

その辺りの心が揺れ動くさまは、小説の方により子細に描写されています。

要介の「妾として正式に認める」という提案は、当時としては最大限誠意のこもった対応なのだと思います。しかし、一夫一婦制で生きている現代の私たちからすると、やはり違和感を感じますね。

要介も、まさか自分が罪を犯しているとは夢にも思っていなかったでしょう。

その点では基本的な女性の尊厳を確立したかった楫子とは、微妙に意識がずれていたのかもしれません。

鈴木要介は渡辺大さんが好演しておられましたが、私には役の雰囲気が原作とちょっと違うように思えて、そこが残念でした。

主にある女性としての尊厳を持っていたミセス・ツルー

アメリカ生まれのミセス・ツルーは、亡き夫の意志を継ぎ、伝道者として来日してミッションスクールを経営していました。
楫子は小学校の先生として5年ほど勤めたあとに、このミセス・ツルーに招かれてミッションスクールの校長になります。

ミセス・ツルーは現役の宣教師である、キャロリン愛子ホーランドさんが演じられました。
キャロリンさんはプロの役者さんではないので、どうかなぁと案じていました(余計なお世話です)が、とても良かったです。
本物のクリスチャンにしか出せない香りのようなものが、画面からにじみ出ているような気がしました。

それにしても、原作を読んでいて一番驚いた箇所が、楫子が校長室でタバコからボヤ騒ぎを起こしたときの記述
板の間に手をついて謝罪した楫子に対して、ミセス・ツルーは当然叱責すると思いきや、何故か楫子に謝罪します。

「矢嶋先生、わたしこそ謝らなければなりません。でも、今日のぼや騒ぎは、神さまの大きなお恵みですね」
ミセス・ツルーは微笑した。
「神様のお恵み!?」思わぬ言葉に驚く楫子に、
「矢嶋先生、神さまは生きておられます。確かに生きておられます。」
ミセス・ツルーは言ったかと思うと、その目から大粒の涙をこぼした。

三浦綾子「われ弱ければ」小学館ライブラリーより


どうしてボヤが恵みなのか…、それは「矢嶋先生、タバコをやめてください。」と誰が注意しても楫子が全然聞く耳を持たなかったから。

ミセス・ツルーは真剣に祈っておられたのでしょう。そして神様がそれに応えてくださった。火事にならずにボヤで済んだことも幸いでした。
そして楫子はその後、タバコをぴたりと止めたのです。

このシーンは映画でしっかり再現されていました。心底優しく、温かいまなざしのミセス・ツルーは、ほぼ原作のイメージどおりでした。

もちろん原作はオススメ

映画は良くまとまっていましたけど、鈴木要介との別れのシーンと20年後の青山墓地での再会のシーンは、“影ながら見守っていた”感じがある原作の方が好みでした。

楫子の後半生での矯風会を設立しての酒害や売春問題への取り組み、徳富蘇峰・蘆花などを含む親族関係なども、もちろん原作の方がわかりやすいです。

本当にいろいろなことを手がけられたんですね。そして女子学院や矯風会など、楫子の意志を継いで現代もまだ働きが続けられているのは素晴らしいですね。

監督の著書「トマトが咲いた」が掘り出し物だった

ところで映画を見に行ったときに、受付に山田火砂子監督の著書「トマトが咲いた」が並んでいました。

現代プロダクションのお兄さんが、「一番売れている本ですよ〜」、と声を張り上げているのが気になって思わず購入してしまったのですが、これが想像以上に面白かったです。

主に2人のお嬢さん達(長女のみきさんは知恵遅れ)と歩んでこられた経験、すったもんだの映画制作秘話などなど…。

障害児を育てるって大変なだけじゃない?と凡人はつい想像してしまいます。
もちろん大変ではあるんだけど、それ以上に感動もあるんだな…、と素直に思わせてくれる本です。

「トマトが咲いた」は、現代プロダクションで扱っています
もし興味のある方はぜひどうぞ!オススメします。

山田火砂子監督はこの映画の他にも、「筆子 その愛ー天使のピアノ」や「石井のおとうさん ありがとう」「一粒の麦 荻野吟子の生涯」などの作品を手がけてらっしゃるので、何となく「クリスチャンなのかな〜。」と思っていました。

交通事故で加害者になってしまったのが信仰を持つきっかけだったそうです。
加害者のつらさから逃げずに、正面から捉えて、でもご自分では解決できずに神様に救いを求められたんですね。

でも、いわゆるクリスチャン婦人のイメージとはかけ離れていらっしゃいますよね。
映画を制作するたびに金策に走り回り、お子さん2人を育てながらドタバタと現場を走りまわり・・・。

障害児のお嬢さんがいなかったら、映画プロデューサーにはなっていなかったとも書いてありますね。

山田監督も、正に「弱さを宝に変えた」人生を歩んでおられるのだな、と思いました。

これから、他の作品の上映会にも足を運んでみたいです。そしてまた、レビュー記事を書きたいですね。

上映会の予定などは、現代プロダクションのHPで随時更新されています。
興味を持たれた方は、よろしかったらのぞいてみてくださいね。